臨床教育における総合診療部の役割

 

天理よろづ相談所病院総合診療教育部  石丸裕康 伊賀幹二 郡義明

 

医学教育における総合診療部の役割

昨今、さまざまな大学や研修病院にて、総合診療部の設置が相次いでいる。その背景には@内科の専門分化に伴い、総合的立場から患者を診療できる部門を必要としている事、Aプライマリケア領域の専門家育成、B研修必修化により初期研修をコーディネートする部門が必要とされている事、といった事情があると思われる。このうち最も大きなものは、2004年度に導入が予定されている初期研修必修化を控え、初期研修をいかにコーディネートしていくかという問題の解決を大学・研修病院が迫られている事にあると思われる。本稿では、開設以来25年にわたって初期研修の運営を主たる目的としてきた本院総合診療部の経験をもとに、初期研修医教育にはたすべき総合診療部の役割を述べたい。

 

初期研修医教育に求められるもの

卒前医学教育の現況をみる限り、卒直後に研修医が医療現場で戦力となりうるとはとうていいえない。当院での新卒医師をみても、まず病歴聴取ができないし、身体所見をひととおりとらせてみても合格点をつけられるものはわずかである1。つまり医師としての基本的臨床能力がついていない。そこで卒後の訓練にまず求められる課題は、1)基本的臨床能力の育成といえる。それに加えて、患者の持つ多様な問題を、非選択的に問題点としてうけとめ、主治医として対応する2)全人的医療を行う態度の育成、および今後の臨床医として必要であるが、現状の教育システムでは見逃されがちである3)医療を取り巻く諸問題への包括的視点の提供といった点が初期研修医に求められ、かつ総合診療部として注意を払うべき課題といえる。以下項目ごとに述べる。

 

基本的臨床能力の育成

 「基本的臨床能力」がどの範囲のものをさすのかに関しては、本邦では伴らによりこの領域での教育・評価方法を含めた広範な議論があるのでこれを参照されたい2。最小限、自分が責任を持った患者の情報を、医療面接・身体所見および基本的な検査を通じて収集し、問題点を整理し、自分で解決しうるものとそうでないものとを判断し、自分で解決できない問題は適切にコンサルトする、といったプロセスをおこなえることが必要である。こうした能力の育成は、医療面接についての模擬患者の導入、身体診察についての客観的臨床試験による評価などの教育技術の革新があり、それぞれ有用ではあるが、結局のところ適切な監督のもとでこのプロセスを繰り返すことに勝る訓練はないと思われる。入院期間の短縮傾向のため、近い将来、この訓練の場は外来へ移行していくことが予測される。しかしながら、現状では、総合的能力・視野をもった総合診療部スタッフが監督する病棟で、専門各科と密接に連絡をとりつつ問題解決に当たる総合内科的な病棟での訓練と、救急外来における訓練とを適切な割合で組み込むことがもっとも妥当な教育方法と思われる。

 

全人的医療を行いうる態度

今日の高度に臓器別に専門分化した医療は、一方で患者の問題点が総合的にとらえられず、場合によっては患者の訴えに耳を傾けない、といった問題を生んでいるのも事実である。こうした総合的視点を担う立場として、家庭医療・プライマリケアといった専門性の重要性が提唱され、その専門訓練の場がひろがりつつあることは望ましいことと考えられる。しかしながら臓器別専門家であってもこうした視点を全く失ってよいわけではなく、少なくとも自分の責任のある患者に対しては、その訴えに耳を傾け、解決のための第一歩を主治医が踏み出す必要がある。総合内科病棟を中心とする研修方式が専門各科ローテートよりもすぐれていると考えられるひとつの理由は、患者に多彩な問題があった場合に、専門各科にコンサルテーションするのみで問題の責任の所在があいまいになる高度専門分化による弊害をさけ、このような場合にも主治医として統合的に問題解決にあたる姿勢を維持する習慣をつけることにある。このような視点の重要性は今後増加が予測される老年患者の問題を考えると自明である。

 

医療を取り巻く諸問題への包括的視点の提供

上記2点の目標に加え、総合診療部として注意を払うべき課題としては、単なる知識・技能の習得以外の、医療に関する諸問題に関しての考えかた・視点の教育があげられるだろう。それぞれについて詳述することは困難であるが、次のようなものが例に挙がるだろう。(1)インフォームドコンセントなどを含めた、臨床倫理の問題の教育(2)EBM実践のための教育(3)高齢者特有の問題の評価(包括的高齢者評価)や在宅医療、介護保険と関連付けた老人医学の教育(4)医療事故対策、医療の質改善のための基本的知識と態度の教育(5)院内感染予防、できればそれにとどまらない抗生剤適正使用までを含んだ感染症教育(6)医療の社会的責任を踏まえた医療経済に対する配慮。

こうした課題はひとつの例であるが、肝心なことは、病棟ローテートや救急外来などの研修を行うだけでは見過ごされがちな、重要な領域があることを認識し、その教育のための方策を考える事である。

 

総合診療部は具体的に何をするべきか

上に記載した卒後初期教育の課題は、当然のことながら総合診療部のみですべてをおこないうる訳ではない。総合診療部に要請されることは、教育目標がカリキュラムを通じて達成されているのか、現状のカリキュラムが適当であるのか、といったカリキュラム評価と、その改善に向けたイニシアチブをとること、および研修医の評価を行う主体となることであると考える。

 

カリキュラムの評価

卒後教育において時に研修医が燃え尽きてしまう一つ理由として、専門的すぎる教育があると思われる。当院の研修を修了した研修医の意見でも、改善して欲しい点をあげてもらうと、専門的疾患が多いことや、minimal requirementが不明確であることをまずあげる3。総合診療部は、指導医がどこまでを学生・研修医に教えるか、どのように教えるかについて研修プログラムに強く関与する必要があり、また研修医のもつ患者の量、質、教育内容が適正かをモニターする必要がある。また研修医の達成度を評価し、現行のカリキュラムの妥当性を常に検討し、改善の方策をたてることが求められる。また先述した<医療を取り巻く諸問題への包括的視点>等の教育については、講義、実習などを企画し、それを学ぶ機会を研修医に提供することを考えなければならない。

 

研修医の評価

 研修医を評価することには2通りの意味がある。ひとつは研修目標の達成度を研修医へフィードバックし、研修医の研修目標達成を支援すること。もうひとつは研修医の到達度が不十分である場合にカリキュラムに問題がないか見直すことである。こうした評価はコメディカルも含んで多面的な評価を行う必要がある。また指導者間での評価基準の差異も考慮する必要があるが、何らかの評価を行わなければ、研修システム自体の評価や改善が可能にならない。

 

指導医の評価

大学における医師の評価は研究業績でなされてきた。数字で表しにくい教育活動は正当には評価されてきていない。教育をきちんと行うにはマンパワーが必要であるが、いままでのように、卒前・卒後医学教育を一部の熱意のある医師のボランテア活動に頼ることではシステムとして機能しない。教育を行う指導医には、その見返りとして、病院から何らかのタイトルまたは報酬を含めた適切な評価をしなければ、指導医のなり手がない。総合診療部の役割のひとつとしてはこうした教育活動を適切に評価することもふくまれるべきである。一方で教育を受ける側からの指導医評価もモニターし、指導医養成や指導方法改善のための資料とすることも必要となっていくと思われる。

 

おわりに

本稿では、総合診療部が果たすべき役割について、卒後教育を中心に述べた。研究面、診療面の役割や、プライマリケア専門医を養成する部門としての役割は重要であると考えているが、本稿の趣旨上、割愛した。筆者らの強調したい点は、初期研修の教育には、バランスの取れた総合的視点を持った医師の監督下で患者を診療するプロセスを繰り返すことが最も教育上有効である、といった点であり、内科専門医がこの点で果たすべき役割は大であると考える。また多くの病院・大学で総合診療部が設置されているが、その目的のひとつが臨床教育にあるとするならば、専門診療科からの横流れや、大学院大学に移行するためのポストとはせず、本稿で記載した教育面での熱意や能力・識見が評価に値する医師を責任者として採用すべきであることを強調したい。

 

 

(1)伊賀幹二、石丸裕康 卒後研修開始より1ヶ月間に行った身体診察の習得方法 JIM 1998;8:1040-1041

(2)伴信太郎 研修医に求められる臨床能力とは JIM 2000;10:200-203

(3)小松弘幸 初期研修で何を学ぶべきか レジデントノート 2000;2:103